編集後記
近年の幹細胞研究の急速な発展により,肝疾患研究にも大きな波が押し寄せてきている.われわれは,これまで肝臓の機能や病態を,形態的もしくは分子生物学的な手法を用いて理解しようとしてきたが,肝幹細胞が,それらの形態的・遺伝子学的な変化を解釈する新たな切り口となりつつある.しかし,肝幹細胞をめぐるこれまで研究はin vitroのものが多く,実際に肝幹細胞を研究している先生方と日常診療に携わる臨床医との間に温度差があるのも事実だろう.また,今から肝幹細胞を勉強しようとしても,研究が多岐にわたっており,細部の情報まで十分に把握するのが難しくなってきているのが現状である.肝幹細胞の研究は,分化・増殖など生理的な機能解析,腫瘍を含む病態との関連性,再生医療への応用に集約でき,本特集では,各分野で精力的に研究されている先生方に原稿を執筆していただいた.これまでの歴史,現在のトピックと問題点,そして今後の展望に関して,肝胆道疾患に携わる臨床医と研究者の知識の共有に役立てば幸いである.
また,今後の肝幹細胞研究の発展には,医学・生物学にとどまらず,他の分野との議論や協調が必要になるだろう.倫理的問題を解決するための議論,人工肝臓の開発など理工学系研究者との共同などである.また,再生医療は巨大な市場へと発展すると期待される.肝幹細胞の研究成果が,実際の臨床の現場に応用されるまでには,まだ何度かbreakthroughが起こる必要があるが,本特集を読んでいるとそれほど遠い日でないように感じてくる.今後さらに肝幹細胞の研究が発展し,肝胆道疾患の医療現場で幹細胞技術が利用される日を楽しみにしながら本特集を終わりにしたい.
(全 陽)
目次
〔巻頭言〕肝臓の再生,病態形成,肝癌発生進展の新たな立役者? 金沢大学 中 沼 安 二…343
定義と特徴
発生過程・成体における多能性幹細胞および肝幹細胞 東京大学 紙 谷 聡 英…347
肝幹細胞の分化・増殖
肝幹細胞の自己複製機構 横浜市立大学 谷 口 秀 樹…355
肝細胞の胆管上皮分化に関わる分子機構 秋田大学 西川 祐司,他…367
肝幹細胞の形態的特徴(病的肝での形態変化を含めて) 九州大学 相島 慎一,他…377
肝外の幹細胞からの肝細胞分化
胚性幹細胞から肝細胞系譜への分化誘導 東京医科歯科大学 寺岡 弘文,他…383
脂肪組織由来の間葉系幹細胞からの肝細胞分化誘導 国立がんセンター研究所がん転移研究室 落 谷 孝 広…395
再生医療実現化を目指したヒト間葉系幹細胞から
肝細胞への分化誘導技術開発 鳥取大学 汐 田 剛 史…401
肝幹細胞とtumor-initiating cells
消化器癌と癌幹細胞 大阪大学 三吉 範克,他…413
肝細胞癌に存在する癌幹細胞:SP細胞と
ポリコーム遺伝子産物BMI1による制御機構 千葉大学 千葉 哲博,他…421
幹細胞マーカーに着目した肝細胞癌の発癌研究 金沢大学附属病院 全 陽,他…429
CD133陽性細胞は肝細胞癌の癌幹細胞か? 岐阜大学医学部附属病院 末次 淳,他…439
肝幹細胞と細胆管癌 金沢大学 佐々木素子,他…445
再生医療の試み
肝硬変症に対する自己骨髄細胞投与療法
の現状と今後の展開 山口大学 寺井 崇二,他…453
血管内皮前駆細胞を用いた肝臓再生療法 久留米大学 中村 徹,他…459
胚性幹細胞に着目したバイオ人工肝臓の開発の試み 岡山大学 小 林 直 哉…467
iPS細胞を用いた肝疾患治療の展望 京都大学 梶原 正俊,他…479
座談会“肝幹細胞をめぐる最近の知見”
全 陽/千葉 哲博/上野 義之/田中 真二…485